猫沢エミのインスタグラム(necozawaemi) - 11月4日 03時23分
《パリ・盗難日記 / その後・1 》
火曜日に彼がレユニオン島から帰ってきた。なんとも言えない気持ちでふたり抱き合った。
彼は、年一度の大きな仕事中、始終私の心配をしなくてはいけなくなり、私はそれを心底申し訳ないと思いつつも、わからないところをたびたび彼に電話して聞くしか術がなく、結果、盛大に彼の仕事を邪魔する羽目になってしまった。
こんな時、日本人の私とフランス人の彼の、基本的な〝今〟の感じ方の違いをまざまざと見る。責任感の強さは私のいいところでもあると思っているけど、過ぎたことにいつまでも申し訳ないという気持ちを持っていてもなんの意味もない、というのが今を生きるフランス人なのだ。
現状を自分でなんとかしたいがために、がむしゃらに手足を動かしてはいたが、彼が戻ってきてからも、私はなかなか精神的なショックから抜けきれず、しかも盗難で失った時間が皺寄せとなって仕事を圧迫し、日本に発つことも今やただのプレッシャーでしかない、そんな状況だった。でも彼は、バルセロナの仕事をずらしてでも私との時間を作ろうとしてくれていたのに、キャパオーバーだった私は、その労りに気づくのが遅れた。
そして、めったにない喧嘩になった。
私が悪いのでもない。ましてや彼が悪いわけでももちろんない。あまりにも悪いタイミングが重なった特殊な状況下で、お互い余裕のない状態でお互いを支え合おうとして、結果、深く傷つけ合ってしまった。
互いをよく知っているからこそ、カップルの喧嘩はひとたび起これば、直接関係のない、これまでの問題や普段の不満も芋蔓式に吹き出して、目も当てられないところまでいく。
出さねば持たぬ状態だったのなら、この喧嘩も意味があるのかもしれないが、それにしてもこの負の連鎖たるや。
鏡面のような静まった水面に投げられた、たったひとつの黒い小石。投げた人は、想像しないし、できない。波紋がどこまで広がるのか。黒い小石がどこまで深く沈んでいくのかを。この世界にある、ありとあらゆる悪や犯罪や不幸の切先を作る、哀れな人々。
ただ、これが事実なら、良きことも連鎖するのだと、今回のことではっきりと感じた。不幸よりもずっと表に現れにくいが、善意の白い小石は美しい波紋を描き、見知らぬ国の対岸までたどり着く。
お年寄りに席を譲る、倒れている人を介抱する、恋破れた友達の肩を抱いてただ静かにうなづく、前を歩いている人が落としたものを走って届ける。日常にある、そんな人としての当たり前の善意は、きっと私の想像も及ばないところまで、幸福を運んだはずだ。
疲れ切って小一時間眠った午後。目覚めてベランダに出てみると、また虹が出ていた。盗難事件より二度目の虹。
あーあ、またハワイからの励ましメッセージ来ちゃったよ。ダメだなあ、私。あの世に行った魂にまで心配されるなんて情けないったらありゃしない。
私は、とてもとても弱い人間なのだ。
ただ、その弱さから逃げない強さだけは持っているんだと思う。
これをお読みになっている、あなたと同じように。
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2023/11/4