北原徹さんのインスタグラム写真 - (北原徹Instagram)「文庫ブックカバーチャレンジ 本日は『真夏の航海』(トールマン・カポーティ/著 安西水丸/訳 講談社文庫)  ジンクス 4  改めて、店内を見回してみる。少しだけれど、自分の中に余裕が感じられたからだ。漆喰の壁が居心地を良くさせる舞台装置のようにも感じられる。カウンターには七人の男女が座り、満席だ。ぼくを含めた七人は語り合う訳でもなく、無言のままカウンターに向かっている。それぞれの前にはなぜか原稿用紙があり——中には大学ノートの人もいた——、右手には鉛筆やシャープペンシル、万年筆、水性サインペンとそれぞれのスタイルのペンを持っている。  左手にはグラスを持っていたり、タバコを差していたりしている。酒はそれぞれの前にはあるけれど、それでも酒として機能はしていないように見えた。酒はペンで、肴が原稿用紙とでもいったら良いのだろうか。料理に合わせて、ソムリエがワインをリコメンドするかのように、組み合わせは良く、繊細なハーモニーを奏でているようだ。しかし、それはあまりにも奇妙で不自然な、もしくはマニアックなバーのカウンターの景色であるはずなのに、カボシャールという空間では、それは自然なことだと瞬きをする間にわかることなんだと思うしかなかった。ここはそういう場所なのだ、と自分にいい聞かせるしかない。  黒岩と名告った女性はカウンターの中で不器用に氷を割る。アイスピックはいつ黒岩の左手をぶち刺してもおかしくない角度と長さであった。彼女は小指の付け根を当てながら砕くスタイルではなく、あくまでも自由にアイスピックを氷に差し込んでいく。そして、割れた氷をデュラレックスのグラスに入れていく。ぼくの手元にはすでにコースターが置かれていた。そこには“ジンクス”と印刷されていた。それを不思議に思い、黒岩に目を向けると、彼女はズブロッカをグラスに注ぎ、ぼくに手渡す。小さな声しか出なかったけれど、「ありがとう」といった。そして、「いただきます」といって、グラスを口に運ぶ。ひと口飲み込むと喉から胃にかけて、何かが燃えるように熱くなった。そして、天を仰いで唾するように、噎せた。」5月17日 17時19分 - torukitahara

北原徹のインスタグラム(torukitahara) - 5月17日 17時19分


文庫ブックカバーチャレンジ
本日は『真夏の航海』(トールマン・カポーティ/著 安西水丸/訳 講談社文庫)

ジンクス 4
 改めて、店内を見回してみる。少しだけれど、自分の中に余裕が感じられたからだ。漆喰の壁が居心地を良くさせる舞台装置のようにも感じられる。カウンターには七人の男女が座り、満席だ。ぼくを含めた七人は語り合う訳でもなく、無言のままカウンターに向かっている。それぞれの前にはなぜか原稿用紙があり——中には大学ノートの人もいた——、右手には鉛筆やシャープペンシル、万年筆、水性サインペンとそれぞれのスタイルのペンを持っている。
 左手にはグラスを持っていたり、タバコを差していたりしている。酒はそれぞれの前にはあるけれど、それでも酒として機能はしていないように見えた。酒はペンで、肴が原稿用紙とでもいったら良いのだろうか。料理に合わせて、ソムリエがワインをリコメンドするかのように、組み合わせは良く、繊細なハーモニーを奏でているようだ。しかし、それはあまりにも奇妙で不自然な、もしくはマニアックなバーのカウンターの景色であるはずなのに、カボシャールという空間では、それは自然なことだと瞬きをする間にわかることなんだと思うしかなかった。ここはそういう場所なのだ、と自分にいい聞かせるしかない。
 黒岩と名告った女性はカウンターの中で不器用に氷を割る。アイスピックはいつ黒岩の左手をぶち刺してもおかしくない角度と長さであった。彼女は小指の付け根を当てながら砕くスタイルではなく、あくまでも自由にアイスピックを氷に差し込んでいく。そして、割れた氷をデュラレックスのグラスに入れていく。ぼくの手元にはすでにコースターが置かれていた。そこには“ジンクス”と印刷されていた。それを不思議に思い、黒岩に目を向けると、彼女はズブロッカをグラスに注ぎ、ぼくに手渡す。小さな声しか出なかったけれど、「ありがとう」といった。そして、「いただきます」といって、グラスを口に運ぶ。ひと口飲み込むと喉から胃にかけて、何かが燃えるように熱くなった。そして、天を仰いで唾するように、噎せた。


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2020/5/17

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