5年前の投稿だとさ。 なかなか良いこと書いてる。 今と変わらないスタイルだ。 そのスタイルというのは・・・ 後半に続きます。 その前に、まずは5年前の記事を☟ --------------- 最初は、やりたいと思ってやっていたことが、だんだん等身大で在ることを忘れて、自分に対して今の自分以上の期待をかけて、結果『やりたい』が『やらねば』になって、苦しくなってしまうことが、私にはよくあります。 自分に与えられた新しいステージに、最初はときめいても、チャレンジしている最中に失敗したり、思うようにいかなかったりすると、 『こんなはずじゃない』『もっと出来るはず』と、自分を追い込んでしまう。 今も、まさにそう。苦しい渦中。 初めてチャレンジすることなのだから、失敗して当たり前なのにと、 頭ではわかっていてもです。 こんなこと、人生で何回繰り返したんだろう。 そして、何回道に迷い、何回大事なものを失ったんだろう。 でも、前よりはマシになっていることは、その渦中にありながら自分で『気づく』ことが出来るようになったこと。 今までは、苦しくても苦しくても 『やるんだ、やるしかないんだ!自分で選んだことなのだ!』だけで片付けて突っ走っていたけれど、 今は違う。 なんで苦しいの? どこから、そうなった? 本当に望むものは何だっけ? という風に、 立ち止まり、振り返り、見つけようとしています。 立ち止まったり、振り返ったりするたびに実感すること。 感情って、本当に大切だということ。 特に私は、ネガティブな感情ほど大切だと感じます。 自分の魂が望んでいないことを、頭でねじ伏せて無理矢理なんかしようとする時に、 苦しかったり悲しかったりモヤモヤしたりイライラしたり、鬱になったりしながら、サインをくれる。 本当の私の部分、要するに魂が、 『そっちじゃないよー。本当はこっちだよー。こっちがあなたの本当に望んでいることなんだよー』って教えてくれる気がする。 だからちゃんと、自分の感情に耳を傾けてあげたい。 自分の中から湧いてくる感情が例え、自分にとって認め難いネガティブな感情であっても、善し悪しの振り分けをせず、在るものをそのまま認めてあげたい。 そして、どうしてこういう気持ちが湧いてくるのか、一緒に考えて見つめてあげたい。 これからも道に迷いながら、何かを失いながら、そうやって痛みを伴いながら前に進みたい。 『人は、三歩進んで二歩下がりながら、成長するんだ』 と私の先生から教えてもらいました。 今みたいに、落ち込んでる時に、励みにする言葉。 今、私は二歩下がってるのかなって。 お。書いていたら、ちょっとスッキリしてきた。 こんな気持ちがあるんだよってことを認めると、少し楽になる。 やはり、出さなきゃ始まらないね。 つまりは、 苦しかったり悲しかったり怒ったり落ち込んだりする自分を手放そう•変えようとするのではなく、 苦しかったり悲しかったり怒ったり落ち込んだりする自分を手放そう•変えようとしちゃう自分をやめようと意識しています。 だってさ、在るもんは在るんだから。 何も悪いことじゃないよ。 書いたら少し楽になって突破口見えてきそうだけど、 まだまだ陰鬱は続きそうだな。 うー。。。引き続き、感情に浸って感じてみます。 ------------------------- さて。 5年前の私の意図を、5年後の私が解説します。 人って、自分にとって都合の良い部分しか見せなかったりするんじゃないかな。 特にfacebookなんかは。 普段料理しないからこそたまに作った料理の写真あげたり、普段自分でヨガしないからこそスタジオ行き記念写真とかポーズの写真あげたりね(笑) それがダメって言っているんじゃない。 ただ事実として、そういう傾向にあるんじゃないかなと言っているだけ。 誰だって、色んな問題を抱えていたりするだろうけれど、そんなのわざわざ見せないで、良い部分だけを写し出す。 私を含め、人ってそういうものだと思う。 だから、こうして私があえてネガティヴな部分を出すことに、疑問を抱く人がいるみたいです。 「なんで愚痴ってんの?」とか、 「わざわざ書かなくても」とか、 直接言われることもあります。 なんの脈絡もなく愚痴ると思いますか? なんの目的もテーマもなく、こんなこと綴ると思いますか? いやいや、まさかまさか。 人は、誰かが苦しいことや悲しいことにどう向き合ってどう乗り越えていくのかを垣間見るだけで、 勇気が湧いたりするものでしょう!? ただの愚痴とは違い、それってとてもとてもとても有意義なことだと思います。 落ち込んだり悲しんだり怒ったりすることを、なんとなくダメなことだと思っている人々はさ、 それ本当に自分の気持ちなのかな? 世の中の雰囲気で、なんとなくそうなってるだけじゃないかな? 良いこともそうじゃないことも、同じだけ大事にして、同じだけ表現することを許して、共に受け入れ合うことがしたいです。 というわけで、私のスタイルというのは一貫して、 「みんな同じ人間なんだ」を伝えたいだけです。 ただ、それだけのことです。 photo: nonoko kameyama

maiko.akutagawaさん(@maiko.akutagawa)が投稿した動画 -

芥川舞子のインスタグラム(maiko.akutagawa) - 2月16日 08時09分


5年前の投稿だとさ。
なかなか良いこと書いてる。
今と変わらないスタイルだ。

そのスタイルというのは・・・
後半に続きます。

その前に、まずは5年前の記事を☟ --------------- 最初は、やりたいと思ってやっていたことが、だんだん等身大で在ることを忘れて、自分に対して今の自分以上の期待をかけて、結果『やりたい』が『やらねば』になって、苦しくなってしまうことが、私にはよくあります。

自分に与えられた新しいステージに、最初はときめいても、チャレンジしている最中に失敗したり、思うようにいかなかったりすると、
『こんなはずじゃない』『もっと出来るはず』と、自分を追い込んでしまう。

今も、まさにそう。苦しい渦中。

初めてチャレンジすることなのだから、失敗して当たり前なのにと、
頭ではわかっていてもです。

こんなこと、人生で何回繰り返したんだろう。

そして、何回道に迷い、何回大事なものを失ったんだろう。

でも、前よりはマシになっていることは、その渦中にありながら自分で『気づく』ことが出来るようになったこと。

今までは、苦しくても苦しくても
『やるんだ、やるしかないんだ!自分で選んだことなのだ!』だけで片付けて突っ走っていたけれど、
今は違う。

なんで苦しいの?
どこから、そうなった?
本当に望むものは何だっけ?

という風に、
立ち止まり、振り返り、見つけようとしています。

立ち止まったり、振り返ったりするたびに実感すること。
感情って、本当に大切だということ。

特に私は、ネガティブな感情ほど大切だと感じます。

自分の魂が望んでいないことを、頭でねじ伏せて無理矢理なんかしようとする時に、
苦しかったり悲しかったりモヤモヤしたりイライラしたり、鬱になったりしながら、サインをくれる。

本当の私の部分、要するに魂が、
『そっちじゃないよー。本当はこっちだよー。こっちがあなたの本当に望んでいることなんだよー』って教えてくれる気がする。

だからちゃんと、自分の感情に耳を傾けてあげたい。

自分の中から湧いてくる感情が例え、自分にとって認め難いネガティブな感情であっても、善し悪しの振り分けをせず、在るものをそのまま認めてあげたい。

そして、どうしてこういう気持ちが湧いてくるのか、一緒に考えて見つめてあげたい。

これからも道に迷いながら、何かを失いながら、そうやって痛みを伴いながら前に進みたい。 『人は、三歩進んで二歩下がりながら、成長するんだ』
と私の先生から教えてもらいました。

今みたいに、落ち込んでる時に、励みにする言葉。
今、私は二歩下がってるのかなって。

お。書いていたら、ちょっとスッキリしてきた。
こんな気持ちがあるんだよってことを認めると、少し楽になる。

やはり、出さなきゃ始まらないね。

つまりは、
苦しかったり悲しかったり怒ったり落ち込んだりする自分を手放そう•変えようとするのではなく、
苦しかったり悲しかったり怒ったり落ち込んだりする自分を手放そう•変えようとしちゃう自分をやめようと意識しています。

だってさ、在るもんは在るんだから。
何も悪いことじゃないよ。

書いたら少し楽になって突破口見えてきそうだけど、
まだまだ陰鬱は続きそうだな。

うー。。。引き続き、感情に浸って感じてみます。 ------------------------- さて。
5年前の私の意図を、5年後の私が解説します。

人って、自分にとって都合の良い部分しか見せなかったりするんじゃないかな。
特にfacebookなんかは。

普段料理しないからこそたまに作った料理の写真あげたり、普段自分でヨガしないからこそスタジオ行き記念写真とかポーズの写真あげたりね(笑)

それがダメって言っているんじゃない。
ただ事実として、そういう傾向にあるんじゃないかなと言っているだけ。

誰だって、色んな問題を抱えていたりするだろうけれど、そんなのわざわざ見せないで、良い部分だけを写し出す。

私を含め、人ってそういうものだと思う。

だから、こうして私があえてネガティヴな部分を出すことに、疑問を抱く人がいるみたいです。
「なんで愚痴ってんの?」とか、
「わざわざ書かなくても」とか、
直接言われることもあります。

なんの脈絡もなく愚痴ると思いますか?
なんの目的もテーマもなく、こんなこと綴ると思いますか?

いやいや、まさかまさか。

人は、誰かが苦しいことや悲しいことにどう向き合ってどう乗り越えていくのかを垣間見るだけで、
勇気が湧いたりするものでしょう!? ただの愚痴とは違い、それってとてもとてもとても有意義なことだと思います。

落ち込んだり悲しんだり怒ったりすることを、なんとなくダメなことだと思っている人々はさ、

それ本当に自分の気持ちなのかな?
世の中の雰囲気で、なんとなくそうなってるだけじゃないかな?

良いこともそうじゃないことも、同じだけ大事にして、同じだけ表現することを許して、共に受け入れ合うことがしたいです。

というわけで、私のスタイルというのは一貫して、
「みんな同じ人間なんだ」を伝えたいだけです。
ただ、それだけのことです。

photo: nonoko kameyama


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2017/2/16

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