草刈民代さんのインスタグラム写真 - (草刈民代Instagram)「マリー・ロージー展  マリーさんの作品は一件複雑に見える。  まず、「これ、どういうこと?」と疑問に思い、「よくこんなことを考えつくなぁ」と感心する。しかし、しばらくすると「あ、こういうこと?!」と閃く。  数ヶ月前、マリーさんの絵を見せていただく機会があった。  今まで見たことのない絵だと思った。  昨日はトークイベントに登壇したので、始まる前の内覧会では彼女の作品をどこまで感じられるのかが心配だったが、展示されていた70点の絵をじっくり見ていくと、どの絵も自分なりに歩み寄ることができたと実感した。  絵に詳しいわけではないが、教科書に載っていた有名な絵を見た経験はそれなりにある。でも、「歩み寄る」なんて言葉が思い浮んだのは初めてのことだ。  「表現する」動機とは何なのだろうか?   絵を描きたい、 文章を書きたい、 演じてみたい、 踊ってみたい。  そして、 こういうものを描いてみたい こういう文が書けるようになりたい、 こういう役を演じたい、 この作品を踊りたい。  それから、 上手くなるためには何をすれば良いか、認められるにはどうしたら良いか、  と考える一方で、  なんで私は描きたいのか? 書きたいのか? 演じたいのか? 踊りたいのか?  何に向かって描いているのか? 書いているのか? 演じているのか? 踊っているのか?  と考えるようになる。  いつの頃からか、散々踊る日々を過ごしていながら、私はふと、「なんで踊ってるんだろ?」と思うことがあった。  今でも、夢中になって全力投球の日々を過ごしている時、ふと気がつくと「なんでここまでやるんだろう?」という問いが頭をよぎる。  若い頃は理由を求めたくなっていたけれど、いくら考えても、そんなことに答えはなかった。  「好きだから」と言ったって、それは頭で納得できるものではない。  それはまさに、衝動だから。  ただ「湧き上がるもの」としか言いようがないものなのではないか?  マリーさんは迷わず、素直に、欲求に従い、自分自身と対峙しながら作品に向かうのだろう。  私のような凡人は、自分の衝動に素直に従っているのか?と疑問に思う。  失敗しないように、上手くできるように、人から認められるように、と結構余計なことを考えながらやってるなぁ、と。  一見複雑そうに見える作品だが、これを「複雑」という言葉で片付けるには抵抗がある。入り組んで積み重なっている小さなディテールは、彼女の衝動から生まれる秩序に沿って描かれているようで、その積み重ねは明らかに、言葉では表せないものを表現しているからだ。  まさに「絵画」なのだ。  研ぎ澄まされた感性が生む表現がここまで進化?深化?  たまげた。  アートにも資本主義が介入して久しい。一枚の写真や版画に目が飛び出るほどの値段が付いていたり、アート系のイベントも動員や総額などの数字で評価されたり。  そんな話から時代の変化を感じるとイヤな気分になることはあるが、動員やお金の数字を聞いて「凄い!」と唸ることもある。  なんだよ、私も、充分に時代に流され、知らないうちに大量の毒を飲み込んでいるではないか!!  マリーさんの作品から、アーティストの精神の真髄を見た気がした。  12月26日まで。 #代官山ヒルサイドフォーラム にて  お時間ある方はぜひ!  #marierauzy #草刈民代 #tamiyokusakari」12月15日 23時57分 - tamiyo_kusakari_official

草刈民代のインスタグラム(tamiyo_kusakari_official) - 12月15日 23時57分


マリー・ロージー展

マリーさんの作品は一件複雑に見える。

まず、「これ、どういうこと?」と疑問に思い、「よくこんなことを考えつくなぁ」と感心する。しかし、しばらくすると「あ、こういうこと?!」と閃く。

数ヶ月前、マリーさんの絵を見せていただく機会があった。

今まで見たことのない絵だと思った。

昨日はトークイベントに登壇したので、始まる前の内覧会では彼女の作品をどこまで感じられるのかが心配だったが、展示されていた70点の絵をじっくり見ていくと、どの絵も自分なりに歩み寄ることができたと実感した。

絵に詳しいわけではないが、教科書に載っていた有名な絵を見た経験はそれなりにある。でも、「歩み寄る」なんて言葉が思い浮んだのは初めてのことだ。

「表現する」動機とは何なのだろうか? 

絵を描きたい、
文章を書きたい、
演じてみたい、
踊ってみたい。

そして、
こういうものを描いてみたい
こういう文が書けるようになりたい、
こういう役を演じたい、
この作品を踊りたい。

それから、
上手くなるためには何をすれば良いか、認められるにはどうしたら良いか、

と考える一方で、

なんで私は描きたいのか?
書きたいのか?
演じたいのか?
踊りたいのか?

何に向かって描いているのか?
書いているのか?
演じているのか?
踊っているのか?

と考えるようになる。

いつの頃からか、散々踊る日々を過ごしていながら、私はふと、「なんで踊ってるんだろ?」と思うことがあった。

今でも、夢中になって全力投球の日々を過ごしている時、ふと気がつくと「なんでここまでやるんだろう?」という問いが頭をよぎる。

若い頃は理由を求めたくなっていたけれど、いくら考えても、そんなことに答えはなかった。

「好きだから」と言ったって、それは頭で納得できるものではない。

それはまさに、衝動だから。

ただ「湧き上がるもの」としか言いようがないものなのではないか?

マリーさんは迷わず、素直に、欲求に従い、自分自身と対峙しながら作品に向かうのだろう。

私のような凡人は、自分の衝動に素直に従っているのか?と疑問に思う。

失敗しないように、上手くできるように、人から認められるように、と結構余計なことを考えながらやってるなぁ、と。

一見複雑そうに見える作品だが、これを「複雑」という言葉で片付けるには抵抗がある。入り組んで積み重なっている小さなディテールは、彼女の衝動から生まれる秩序に沿って描かれているようで、その積み重ねは明らかに、言葉では表せないものを表現しているからだ。

まさに「絵画」なのだ。

研ぎ澄まされた感性が生む表現がここまで進化?深化?

たまげた。

アートにも資本主義が介入して久しい。一枚の写真や版画に目が飛び出るほどの値段が付いていたり、アート系のイベントも動員や総額などの数字で評価されたり。

そんな話から時代の変化を感じるとイヤな気分になることはあるが、動員やお金の数字を聞いて「凄い!」と唸ることもある。

なんだよ、私も、充分に時代に流され、知らないうちに大量の毒を飲み込んでいるではないか!!

マリーさんの作品から、アーティストの精神の真髄を見た気がした。

12月26日まで。
#代官山ヒルサイドフォーラム にて

お時間ある方はぜひ!

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#草刈民代
#tamiyokusakari


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2021/12/15

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